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磯川君と僕

三宅島フリークライミングクラブ代表の沖山です。
この記事を書くかどうしようか、かなり悩みましたが
皆さんの記憶の片隅に置いていただきたく、書くことを決めました。

本日午前、三宅島のクライミングの歴史を開いてくれた
磯川暁(あき)さんが他界されました。

先日の立山の雪崩で意識不明で病院に搬送され
たくさんの方が彼の回復を祈っていのですが、届きませんでした。

写真は磯川君が僕に「三宅島のクラックに挑戦しませんか?」と
命をロープに託し、彼を信じて登った、最初で最後の1本です。

40歳を越えてから知った、島の新しいスポーツ。
でも、クライミングって、危ないスポーツだよね?
そんな事を思いながら、それでも磯川君だから、彼なら安心してチャレンジできる
そう思えてチャレンジした最初の瞬間でした。

三宅島のこのエリアは2009年の6月に発見され
最初の登攀は磯川君のこのルート(※MIYAKE INTRODUCTION)でした。

僕たちは彼の事を忘れる事はありません。このエリアに来たら彼のことを感じ
そしてナチュラルな静かなエリアとして守って行きたいと思います。

来年は村の計画でトイレや駐車場なども整備される予定です。
廃校を利用したボルダリングジムの計画まで持ち上がっています。

これからもたくさんの方にこの場所を楽しんでもらいたいと思います。
そして、心のどこかに、磯川君の事を思い出してあげてください。

ご両親やご家族、関係者の方の哀しみは深く辛いことでしょう。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

磯川君、本当にありがとうございました。
※いまでも信じられないよ。春に「宝島」に登りたいと言ってたばかりなのに…

三宅島フリークライミングクラブ 代表 沖山雄一
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